ものごころついたときには既に、長嶋茂雄(以下、敬称略)が選手としては最晩年で、「長嶋は、いつもここぞというときに打ってくれた」と年長者からいわれるたびに、その瞬間にめぐり合えなかった悔しさと憧憬を持ちつづけていました。
“1994.10.8.”
“第一回WBC準決勝韓国戦”
この2つは僕にとって、とても特別な、感動的な試合でしたが、それでもいまだ“長嶋茂雄”の与えてきたであろう感動と同質のものを感じさせてくれる選手とシーンに、(それが伝説になってしまったが故に尚更)出会えたことはありませんでした。
昭和40年代までに小学生時代を過ごした世代の方は、この感覚分かると思うんですが、日本の男の子にとって、野球は、スポーツの中でもとても特別なものなのです。
第2回WBC決勝戦。
完全に、小学生の頃に戻ってました。
“ダルビッシュ頑張れ!”
9回裏、まさかの同点打後、ずっと叫び続けていました。
10回表、イチローの打席中ずっと、“野球の神様”に手を合わせていました。
9球目、センターからのカメラが捉えた映像は、まるで一枚の絵画のように、打った瞬間、ピッチャーの頭上をこえて、きれいに、まっすぐに、こちらに向かって伸びてくる。
“そうだよ。これなんだよ。”
イチローの不振、韓国との5試合、アメリカとの対戦。
すべてが、この瞬間の伏線だったかのように思えるほどドラマティックでした。
野球ってすばらしい。
そして
人生ってすばらしい。
そう思えた瞬間でした。